人間の行動を変えるのって?

家庭医という仕事をやっていてさけて通ることができないのが行動変容の難しさ。
現在中高年以降の死亡の原因の4割が人間の長年積み重ねてきた生活パターンによるのですが、(具体的には、喫煙、食習慣、運動、飲酒。出典Mokdad et al. Actual Causes of Death in the United States, 2000 JAMA. 2004;291:1238-1245. )
当然長年培って身につけた生活習慣なので簡単に変えられない。この辺をうまく持っていく話術が家庭医には必要なのですが、やっぱり難しいです。
喫煙はニコチンという薬物の依存性があるので、根性論や医師の技術だけでは語れないのですが、なにも使わない場合の禁煙率が10.0%に対し、ニコチンパッチを使用して17.7%です。(NNT=13)

ところが、このニュース
中高生の喫煙4年で大幅減、携帯が小遣い圧迫か・厚労省
 2000年度には4割近くに上った高校3年男子の喫煙率が、04年度には2割強に激減するなど、国内の中高生喫煙率が4年間で大きく減少していたことが、厚生労働省研究班が実施した10万人規模の中高生アンケートで22日分かった。

 主任研究者で国立保健医療科学院(埼玉県和光市)の林謙治次長(保健医療政策)は、大人の喫煙率が低下傾向にあることや、公共の場の禁煙化が進んだことなどが背景にあると指摘。さらに「中高生の携帯電話の所有率が増えており、たばこに使う小遣いが圧迫された可能性も高い」と推測している。

 研究班は1996年度から4年ごとに、全国の中学、高校で喫煙や飲酒の実態について生徒にアンケート。04年度は、計約180校の10万3500人が回答した。

 直近1カ月に1回以上喫煙した生徒の割合は、前2回とも約37%だった高校3年男子が21.8%に大幅減。6―8%程度だった中学1年男子が3.2%、16%程度だった高校3年女子も9.7%に減っていた。〔共同〕 (13:19)
(引用ここまで)

高校3年生でみるとNNT=6.6!まあ4年間ということはありますが、ニコチンパッチの倍の効率で禁煙に成功する、ということです。

背に腹は代えられないというか、無い袖は振れないというか。本当に携帯の代金かどうかは別にして、僕らは一体なにをやっているのか。一般的なカウンセリングはNNT=20ぐらいです。その約3倍の効果。

もう一つ関連した話題を。


Kravitz et al. Influence of Patients’ Requests for Direct-to-Consumer Advertised Antidepressants. A Randomized Controlled Trial. JAMA. 2005;293:1995-2002.
NIH news. Actor-Patients・Requests for Medications Boost Prescribing for Depression

医学研究的にも興味深いのですが、偽の患者さん(役者)を外来に紛らわせておいて、うつ病適応障害の患者さんを演じてもらうのですが、(a)3分の1には「あのテレビ(雑誌)で宣伝していたXXXという薬はどうでしょうか」と具体的な薬の名前を、(b)3分の1には「あのテレビ(雑誌)でうつ病なんかに効く薬があるから相談するようにいっていました」と、商品名は出さずに薬の種類だけを、残り3分の1は(c)特に薬のリクエストはしないと、やったところ、うつ病の役を演じた患者で最低限必要とされる医療(抗うつ薬の処方、専門家への紹介、2週間以内の再診のどれか1つ以上)が行われた割合はa,b,c群でそれぞれ、90%、98%、56%ということでした。90%とすくない方をとっても、NNT=2.9です!
(ちなみに、何らかの抗うつ薬が処方される割合はうつ病薬の患者で53%、76%、31%、適応障害の患者さんで55%、39%、10%。具体的な薬の名前を出す方が「あの薬何とかって、いいましたよね、うつの薬」とやる方が、処方率が高いというのは医師のひねくれたところか。患者さんはそのあたりも参考に!)


この研究の衝撃的なところは、一つはアメリカの一般医の56%がうつ病患者に適切な初期医療を提供できるということ(日本ではどうでしょう?)
もう一つは、医師の診療行為、というやはり長年培ってきた行動パターンを変えるのに患者さんの数秒の言葉(「うつ病じゃないか」「XXXという薬はどうなのでしょう」など)だけでしかも効果的に医師の行動を変えることができること。

(だから新聞やテレビで、患者さんに直接、処方薬の宣伝をしているのです。DTC: direct to consumer advertisementといいます。足の水虫の薬とかありますよね。)

意外と生活習慣や行動を変えることについて医師の役割はないのでしょうね。